天国と地獄

音楽家、グスタフ・マーラーの8回目です。

特に1902年はマーラーの生涯にとっても最高の1年でした。

マイヤーニックというオーストリア南部の避暑地にマーラーが所有する別荘で20歳の年齢差がありながら、マーラーをこよなく愛する新妻アルマとの愛情あふれる生活が始まり、その中でこれまで以上の創作意欲の賜物として交響曲第5番をものにします。

そして1902年11月には長女マリア・アンナが生まれました。まさにウィーン歌劇場・芸術監督を務めながらの1907年までの5年間こそマーラーの黄金期でした。

1902年をマーラーにとって人生最良の年とするなら、1907年こそ人生最悪の年でマーラーは一気に失意のどん底にたたき落とされました。

1907年夏、マーラーの作曲と休息の場であるべきマイヤーニックで愛する1人娘のマリア・アンナがジフテリアに猩紅熱を併発して急死しました。まだ4歳でした。そしてマーラー自身も重篤な心疾患であることが判明した1年でもありました。

暮れの12月には10年来芸術監督を務めたウィーン宮廷劇場を追われるようにして去ったことは先述した通りです。

 

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